感性と理性

私は精神科医ですが、人間が普通に生きていくのは容易ではないといつも感じています。いかにしたら楽に生きられるのか、いかにしたら生きがいを持って生きられるのか。この問題を、自分自身についても患者さんについても、常に考え続けてきました。精神科医として30年以上働いて、何とか考えがまとまってきました。その内容をブログにします。それに加えて、日々の精神医療で考えたことをも投稿します。読者の方の参考になれば嬉しいと思います。

まずは題名ですが、神経科学的に人間の神経活動を2つに分けます。ただ専門的な知識がないと難しいので、一般の人に理解しやすいように述べます。そのためには、人間と同じようなことができるコンピューターと人間を比較します。先に結論から言うと、人間の神経活動はコンピューターで完全シュミレートできる部分と、原理的にコンピューターと全く違う部分に別れます。コンピューターでシュミレートできる部分を理性、コンピューターでは真似できない部分を感性と呼ぶことにします。

例を上げて説明します。例えば美人について考えてみます。普通の人は、美人を一目見ただけで美しいと思います。これは肌の艶や顔の形、髪の毛の質や、その人の表情等を一瞬にして判断して、美しいと感じるからです。この判断はコンピューターには出来ません。コンピューターにできるのは0と1から構成される数の操作だけなのです。ですから、美しいという感じそのものはコンピューターで表すことは出来ないのです。さらに、美人の肌の色がピンクであっても、ピンクそのものもコンピューターでは表せません。これをピンクのクオリアと呼びます。また赤い色の赤そのものや青い色の青そのもののような色のクオリアはコンピューターには感じることは出来ません。

更にコンピューターに色そのものを認識させるのは出来ません。何故ならば、色は本質的に人間の脳が作り出したものだからです。我々は色のある世界しか見ていないので、物体には元々色がついていて、光にもいろいろな色の光があるように思います。しかし、生理学的に考察すると、むしろ脳が物体や光に色をあてはめているということが分かります。

図1.可視光線(wikimediaより引用)

図1に光の波長の長さと色の関係を示しました。この図では、波長の順にすみれ色(violet)、青色(blue)、緑色(green)、黄色(yellow)、橙色(orange)、赤色(red)となります。ここでは6色となりますが、分光された光を何色と見るかは文化によって異なります。ここに示したのはアメリカ式です。図1の中で色の境界線に数字で示してあるのは波長で、例えば青(B)は波長450nmから波長495nmまでの光で、赤(R)は波長620nmから波長750nmまでの光です。可視光線は波長380nmから750nmの光で、プリズムで分光すると、波長は連続的に変化します。どこからどこまでを何色と見るか、これは脳が決めることなのです。可視光線は電磁波の一種ですが、赤外線や紫外線のような可視光線以外の電磁波は見えませんし、色もありません。可視光線とそれ以外の電磁波との違いは波長だけなので、色自体が脳が作り出したものなのです。

ここで誤解を避けるために英語と日本語での紫色の名前の違いを説明しておきます。ニュートンが最初にプリズムを用いて光のスペクトルを分析した時に、最も短い波長の光をすみれ色(violet)としたのです。ニュートンは紫外線はultravioletとしました。英語では紫色を表す言葉はpurpleですが、これは赤みがかった紫色です。分かりにくいのですが、日本語の紫色は英語では赤みがかかった紫色(purple)と青みがかかった紫色すなわちすみれ色(violet)に分かれると考えて良いと思われます。

図2、青錐体、緑錐体、赤錐体(wikipediaより引用)

図2に網膜で光を感知する細胞の感度と周波数の関係を示しました。点線で示したのが、捍体細胞(R)です。桿体細胞は暗所で働きますが、色覚には関与しません。色覚に関与するのは錐体細胞で、形態からS(short), M(middle), L(long) の3種類に分類されています。それぞれ錐体の色の感受性から、青錐体、緑錐体、赤錐体と呼ばれます。図2には各錐体の感受性のピークを数字で示してあります。青錐体は420nm、緑錐体は534nm、赤錐体は564nmですが、ここで注意が必要です。赤錐体の感受性のピークは赤ではなくて黄緑なのです。これも、網膜からの情報を脳が処理して色を作り出している証拠です。ここで光の三原色について述べます。以下はブリタニカからの引用です。

ヒトは波長 380~780nmの光を色光として認識し,また白から灰を経て黒にいたる色を無彩色として認識する。1801~02年,この色光を認知する機序としてトマス・ヤングは,光があたることによって感覚刺激を生じる 3種類の顆粒が網膜に存在するとし,その 3種類の顆粒は波長が異なると反応が異なり,その結果,ヒトはさまざまな色として認知すること,また顆粒が等しく刺激されると白色として認知する,という三色説を唱えた。

ヤングの説に従って、青、緑、赤の三種類の色を光の三原色といいます。この三原色は青錐体、緑錐体、赤錐体に対応しています。この三原色の光を混ぜ合わせることで、ほとんどの色を表すことができるのです。網膜の光受容体が解明されたのは20世紀ですから、驚くべきことにヤングは、100年以上前にほぼ正しい仮説をとなえたのです。光の三原色に、その中間の色を並べて作ったのが図3に示した色相環です。

図3.色相環(wikipediaより引用)

波長と色の関係を見ると奇妙なことに気が付きます。青より短い波長の光がすみれ色なのですが、赤と青を混ぜるとすみれ色になります。これは青錐体と赤錐体の性質によります。青錐体は青より短い波長の光では感度が下がりますが、赤錐体は青より短い波長に第二の感度のピークがあるのです。そのせいで青より短い波長の光が青と赤を混ぜたすみれ色になるのです。このように色は脳で作られるので、現実の光のスペクトルとは完全には対応していないのです。

この原理を利用して、テレビやパソコンモニターの色は三原色を混ぜ合わせて作られています。我々はテレビの画面の中の風景と現実の風景の違いが分かりませんが、必然的に両者は全く違うスペクトル分布を示すのです。すみれ色の例を考えると、すみれ色は波長380nmから450nmまでの光ですが、青は波長450nmから495nmの光です。青い光に赤い光を加えて、本物のすみれの花の色である短波長のすみれ色の光ができるわけがありません。テレビの画面には本物のすみれ色の波長の光は存在しないのです。にもかかわらず、我々の目にはテレビの画面の青い光と赤い光を混ぜた光がすみれ色に見えます。すなわち、我々の脳は現実と仮想現実の区別が全く出来ないのです。

ここまで考察してから、クオリアに関して考察します。確かにクオリアというのは個人的な経験で、私が見ている色のクオリアは私だけのものです。しかし、私は見たものを絵に描くことは出来ます。私の技術では美人の似顔絵を描いても、あんまりきれいには描けませんが、画家であれば自分の感じたクオリアを上手に表現できます。これは昔から人類が行ってきたことです。アルタミラの洞窟壁画から始まって、芸術家は自分の感じたクオリアを表現してきたのです。芸術はクオリアを数値化することです。絵の具は化学物質の配合で色を作り出しますが、その配合は数値化出来ます。ディスプレイが開発された時点では、歴代の職人や芸術家の努力によって、色のクオリアが数値化されていたのです。

ブログの最初の記事に色を選んだのは、色のクオリアが研究され数値化されているので、このブログのテーマにふさわしいと思ったからです。色のクオリアは典型的な感性に属する分野です。更に色のクオリアは感情を惹起するという点が、精神科医の興味をそそります。例えばピンク色は独特の感情を惹起するので、ファッションや化粧ではピンク色は重要です。ピンク色そのものは人間の脳内にしか存在しませんが、ピンク色をディスプレイで表したり、絵の具で表したりすることによって、人間はピンク色を数値化するのです。

例えばフェルメールの『青いターバンの少女』の場合、フェルメールの脳内のイメージは完全に感性に属するもので、コンピューターには真似できません。しかし、絵画としての『青いターバンの少女』は徹底的に分析すれば、その化学的な組成を完全に数値化することが可能です。従ってコンピューターのデータとして表現可能です。つまり脳内のイメージを絵画にすることは、理性を用いて感性を数値化することです。このように、視覚のクオリアは完全に主観的な体験ですが、人間はそれを外部に表現することによって数値化出来るのです。この数値化を元に主観的なクオリアについて考察していくつもりです。

 

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